それは7年前の3月11日 穏やかな金曜午後でした。
秋葉原UDXビルにある会社に勤務する私は、今までに経験したことのない揺れに襲われました。
当時、私はUDXビルが免震構造により普通より揺れることを知らず、ビルが崩れ落ちるかもと恐怖を感じました。
繰り返される余震が一旦落ち着き、同僚から聞いたのは彼女の母親からのメールで
「東北では家が流されて、大変なことになってる」との内容でした。
私は恐怖の中でその意味がよく理解できませんでした。

UDXビルのエレベーターは停止のため、24階から非常階段で1Fまで降りて歩きだしました。
歩き出した瞬間、寒さと道を歩く大勢の人達を見て秋葉原から練馬まで歩いて帰ることを後悔しました。
御茶ノ水あたりの交番で池袋までの道を聞き、覚悟をきめて再度歩き始めました。

途中、何度か道端で知らない方からお菓子を頂き、頑張ってねと励まされながら3時間ほど歩いて家に到着しました。
TVをつけた瞬間に津波で家が流される映像を見て、目を疑うような光景で愕然としました。
秋葉原から歩いてる間にこんな悲惨な状況は全く想像していませんでした。
自分のことで精一杯だったのです。

その夜、携帯電話の地震のアラームが一晩中鳴り響くので、いつでも逃げられるようGパン履いて
ベッドの横に靴を置いて寝ましたが一睡もできませんでした。
この日のことは一生忘れない。